キリスト教 教育

   
 
 
 
「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」
(コリントの信徒への手紙- 13章13節)
 
 
 
 
キリスト教に基づく人格教育
 千葉英和高等学校の教育の土台は聖書です。一人ひとりにかけがえのない存在としての価値が与えられていることを知り、神に愛されている者として他者との違いを喜んで受け入れ、それを尊重し、真に平和な世界の形成者となることを目指しています。
 
 教育理念(建学の精神・校訓等)についてはこちら 
 
礼拝
 毎週月曜日に学校礼拝の時間があります。
 チャペルにて讃美歌を歌い、聖書の朗読や説教に耳を傾け(傾聴)、自らを省みて(内省)新たな一週間をスタートする時です。
 礼拝は講師の方をお招きしての特別礼拝や、宗教系クラブ(聖歌合唱部・ハンドベル部・オルガン奏楽部・聖書研究部コイノニア)を中心に行われる賛美礼拝、キリスト降誕劇を中心としたクリスマス礼拝「英和のクリスマス」などもあります。
 
聖書の学び
 聖書は、世界のベストセラーで今なお多くの人に読まれ、影響を与え続けています。
 1年次と2年次に週2時間、聖書の授業があります。本校ならではの教科です。
 1年次には、「人間(自分)とは何ものなのか」を一緒に考えます。2年次には、「生きる」ということを探求しつつ、自分の進むべき道で何を最も大切にしなければならないかを求めながら聖書の思想に迫ります。
 一方的な講義形式ではなく、自ら考え、対話をし、研究発表を通して互いに学び合うときです。
 

今週の説教

今週の説教
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「ときが巡り来れば」
2021-06-21

いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず

主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人。

その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び/葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。

詩編1章1-3節

 

★私たちは聖書のそばに植えられた

 日本のような川が多いところでは想像が難しいが、詩編のこの箇所は水が貴重な資源であるイスラエルでの記述だということを忘れてはいけない。この「流れ」は自然の川ではなく「用水路」という語であり、畑を潤す灌漑設備のことなのである。そしてそこに「植えられた」ということ、つまり誰かが意図的にそこに移動して植えた、ということを指している。

 ちなみに今でもイスラエルは、同じようなことをしている。今はもっと合理的になっていて、ホースのようなものを通し、そこに小さな穴をあけて、横に植えられている作物に水がかかるようにしている。そうして水が少なくて植物が枯れてしまうような土地であっても、流れのそばにある木は葉を茂らせ、実を結ぶことができる。 

 千葉英和高校の皆さんは、おそらくほとんどの人がこの学校に来て初めて聖書や讃美歌に触れ、そして説教を聞く、という体験をしていることだろう。それぞれの事情でこの学校に入学した皆さんは、やはり私からすると、神様が聖書のそばに植え替えてくださった、と感じるのである。3000年以上変わらずに人々を励まし知恵と力を与え続けた聖書は、どんな状況が起きても必ず皆さんに水を与え実を結ぶように導いてくれる。そのように私は思うのである。

 だからこの千葉英和高校に入学し、聖書との出会いを果たしたことを喜んで欲しい。詩編の著者は、たとえ自分の不本意な状況が周りに起きたとしても、恵みの水を得て「その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」と語りかけているのである。

 

★あなたの「時」は必ずやってくる

 そして私が感動した一つの言葉、それは「ときが巡り来れば」である。詩編で語られているように、聖書のほとりに植えられた私たちの人生は、必ず実を結ぶことができる。しかしそれは「ときが巡り来れば」なのである。聖書において「時」という語は、神が指定した時、神が定めた時、という意味を持っている。英語の聖書では「シーズンが来ると」となっている。

 今年の学校礼拝のテーマは「土を愛す」である。千葉英和高校はもともと聖書農学園としてスタートし農業技術を磨くことも目的としていた。一度でも畑仕事をしたり、あるいは農業を注意深く観察したりすれば分かることであるが、野菜や果物はそれぞれに実を結ぶシーズンを持っている。それぞれの作物はその季節が来ると、つまり「ときが巡り来れば」素晴らしい実を結ぶのである。

 ここで皆さんに忘れて欲しくないこと、土から学んで欲しいことが二つある。一つ目には、必ずあなたは実を結ぶシーズンを持っている、ということである。今、皆さんは将来に向けて様々な栄養を得ている時期だといえる。たとえ無駄に思えるような経験や教科だと感じたとしても、将来に向けて素晴らしい栄養となるものがたくさんある。私たちは自分の10秒先のことさえ分からない。しかしその10秒先のために備え、学ぶことはできる。自分にしか結べない実があるのだという確信は、今の学びを豊かにすることになるだろう。ぜひ自分の結実を確信して日々を歩んでほしい。

 二つ目には、他者との比較には意味がないということである。「ときが巡り来れば」すなわちシーズンが来ればということは、それぞれの木や作物に固有の結実のシーズンがある、ということである。今の時期に豊かに実を結ぶ山形県のさくらんぼに対して、八千代の梨は今の時期に実を結べないから無駄な存在だろうか。そんなことはあり得ない。八千代の梨は8月にシーズンが来て豊かな実を結ぶ。

 皆さんの人生もそうなのである。一人ひとり違った未来を歩み、違った出会いがあり、違った経験をし、そして違ったシーズンを持っている。もしかしたら近くの誰かが、実を結んでいるように見えていることもあるかもしれない。その時に「比較の罠」には陥らないで欲しい。私がハワイの教会(ニューホープ)でお世話になった牧師はこう言っていた。

 

「他者との比較は、自分にある神の計画を見失わせる罠だ」

 

 比較をするのではなく、自分がどんなシーズンにいるか見ようとすること。そして「時を待つのだ」という思いをもう一度新たにしたい。コロナ禍の困難や混乱という目の前の状況の先にある、実を結ぶ神のシーズンを見る者となって欲しい。

 

英語科 S・W

 
「助けてもらわないと生きていけない自信があります」
2021-06-07
わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。おのおの善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです。
ローマの信徒への手紙15章1-2節
 
 新型コロナウィルス禍で、人と人との間の関わりというものがより大事になってきています。この不安や混乱のある中でどうやって生きていくか。この地球、この自然の中にあってどのように生きていくかを考えなければなりません。
 こういった大変な世の中になると、絆という言葉が流行ったりします。人と人との間の絆を大事にしようと語られます。ただ、気をつけなければならないのは、その絆というものは決して人を縛り付けるようなものではないということです。絆という言葉を、人を縛り付けるために使うのではなく、もっと深い人同士の助け合いの心、互いを大切に思う心として考えていかなければなりません。
 こういった大変な状況の中だと、「ああしなければならない」「こうしなければならない」といったような社会的なルールが暗黙のうちに課せられていくこともあります。しかし、人間は完璧ではありませんから、それを守れない人たちもどうしても出てきてしまいます。そういった人に対して、「なんで守れないのか」「どうして行えないのか」と責めても良いのでしょうか。その人にはその人なりの事情があり、その人の弱さがあるのです。
 私たちが一緒に生きていくということを考えるときに、ただただルールが守れないということだけで責めるのではなく、その人が持つ弱さに気づいていく、その人の持つ弱さを担っていくということも大事になってくるのではないでしょうか。その人が持つ弱さを、誰も気づかずにその人に背負わせっぱなしにしてしまえば、その弱さを抱える人はこの社会に居続けることは難しくなってしまうことでしょう。
 人それぞれ違う弱さがあります。それを自己責任にしてしまうことは簡単です。けれどもそれは、私たちの責任放棄でしかありません。あなたの弱さはあなたのものだから自分で背負っていけばいいなんて事ではなく、あなたの弱さは私が背負ってあげよう、代わりに私の弱さを背負ってくれないか、ということがお互いに出来るような人と人との関係ができていけば良いなと思います。私は、それがとても大事なことであり、この自然の中、地球の中で、私たちが一緒に生きていくということを考えるために必要なことなのだと思います。
 人の持つ弱さをその人のせいにしたところで一体何の意味があるのでしょうか。何も前に進むことができず、ただただ誰かを排除してしまうだけです。私は誰かの弱さをみんなで考えていく、担っていくということが大事だと思います。人にはそれぞれ弱さがあります。お互いに助け合いながら生きていきましょう。
 みなさんもこの世の中でどのように生きていくか、誰かと一緒に生きていく上で何を大切にしていくかを考えてみてほしいと思います。
 
聖書科 S・A
 

入試での優遇制度について

入試での優遇制度について
 
牧師・教会推薦(高校入試)
 本校のキリスト教主義に基づく教育方針を深く理解し、それに貢献できるキリスト教信者、または求道者(洗礼を受けて
いないが定期的に教会に通っている者)の受験生は、特別の基準がありますので、募集要項の4ページをご覧のうえ、本校の宗務長(チャプレン)に直接連絡してください。
 
 
指定校推薦・キリスト教学校教育同盟校推薦(大学入試)
 年度によって多少変わりますが、昨年度の指定校の一部がスクールガイドに載っています。
 校内で選抜し、学校長が推薦します。キリスト教学校教育同盟校推薦はクリスチャンもしくは求道者であることが条件ですが、中には条件を課さない大学もあります。
 指定校推薦を利用できるのは総進文理コース・特進文理コース・英語科の生徒のみです。
 
<<学校法人 聖書学園 千葉英和高等学校>> 〒276-0028 千葉県八千代市村上709-1 TEL:047-484-5141 FAX:047-487-5466