キリスト教 教育

   
 
 
 
「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」
(コリントの信徒への手紙- 13章13節)
 
 
 
 
キリスト教に基づく人格教育
 千葉英和高等学校の教育の土台は聖書です。一人ひとりにかけがえのない存在としての価値が与えられていることを知り、神に愛されている者として他者との違いを喜んで受け入れ、それを尊重し、真に平和な世界の形成者となることを目指しています。
 
 教育理念(建学の精神・校訓等)についてはこちら 
 
礼拝
 毎週月曜日に学校礼拝の時間があります。
 チャペルにて讃美歌を歌い、聖書の朗読や説教に耳を傾け(傾聴)、自らを省みて(内省)新たな一週間をスタートする時です。
 礼拝は講師の方をお招きしての特別礼拝や、宗教系クラブ(聖歌合唱部・ハンドベル部・オルガン奏楽部・聖書研究部コイノニア)を中心に行われる賛美礼拝、キリスト降誕劇を中心としたクリスマス礼拝「英和のクリスマス」などもあります。
 
聖書の学び
 聖書は、世界のベストセラーで今なお多くの人に読まれ、影響を与え続けています。
 1年次と2年次に週2時間、聖書の授業があります。本校ならではの教科です。
 1年次には、「人間(自分)とは何ものなのか」を一緒に考えます。2年次には、「生きる」ということを探求しつつ、自分の進むべき道で何を最も大切にしなければならないかを求めながら聖書の思想に迫ります。
 一方的な講義形式ではなく、自ら考え、対話をし、研究発表を通して互いに学び合うときです。
 

今週の説教

今週の説教
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「励ましを自分の文化にする」
2021-02-01
2021年2月1日学校礼拝説教
 
「励ましを自分の文化にする」
 
 
 それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。
マタイ7章12節
 
 神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。
コリントの信徒への手紙二1章4節
 
 皆さんは何を人生の「文化」として取り入れていくべきだろうか? 文化とはもともとラテン語で「耕す」という意味の言葉から来た。私たちの生活・人生をよりよくするためにもつ共通認識である。今日皆さんに自分のものとしてほしい文化は、「励ます」という行動である。他者に力を与え、励ますということも、皆さんの人生を豊かにする一つのポイントなのである。自分にとっても他者にとっても有意義なこの文化を英和高校で自分のものとしてほしい。そのために皆さんに覚えて欲しいことは、自らの資源を他者のために用いる、ということである。
 
 施すべき相手に善行を拒むな/あなたの手にその力があるなら(箴言3:27) 
 
 この『箴言』は多くの知恵を私たちに与えてくれる書物である。別の訳の聖書では、「あなたの手に善をなす力があるなら、これをなすべき人になすことを差し控えてはいけない」となっている。
 「教会」はギリシャ語でエクレーシア「呼び集められた者たち」という。この千葉英和高校についても私は同じように考えている。つまり神様が呼び集めた一人一人だ、ということである。皆さんは色々なプロセスを経て千葉英和高校にやってきた。喜んで来た人もいれば、そうでない人もいただろう。しかし神様は一人一人を呼び出して、そして出会わせて、将来にわたる計画を実現しようとしておられる。だからまず皆さんはこの場所に集められ、そして出会い、関わり合っていることをぜひ喜んで欲しい。
 そして私たちの手は、基本的に良いことをするため、人生を豊かにするためにある。それは皆さんでもお分かりだと思う。泥棒をするために、あるいは人を殴るために皆さんの手を用いてよいわけはない。私たちの手をまずよいことのために用いることを目指してほしい。そして同時に皆さんの力とよい行動を必要としている人が、皆さんの周りには必ずいるのだということをこの聖書の箇所は教えている。皆さんの力とよい行いは、自分を豊かにするためだけではなく、あなたを必要としている人のためのものでもある。
 
1. 励ましの鉄則 自分がして欲しいことを相手にする!
 マタイ7:12はイエス・キリストが述べた有名な言葉で、欧米ではGolden rule、つまり黄金律と言われているものである。とてもシンプルであるが私たちが人生の土台にし、人生の文化とする上でとても力強い法則ではないだろうか。「励まし」という行為はまさに、この黄金律に基づいて行われるべき行為なのである。しかし「励まし」ということは実際難しい場合がある。それは皆さんも感じたことがあるだろう。
 よく言われることは、「がんばって!」という言葉は励ましにはならない、ということである。確かに自分なりにベストを尽くしてうまくいかなくて落ち込んでいるときに「がんばれー」と言われても励まされないどころか、もっとやれーと聞こえてしまう、ということなのかもしれない。
 しかし少し考えてみると、励ましというものは言葉でなされるものではなく、相手とのかかわりによってなされるものなのである。励ましというものはいつも相手に寄り添い、相手のして欲しいことを知ろうとするところから始まる。まさにイエスが述べた黄金律が土台になければいけないのである。
 新約聖書はギリシャ語で書かれているが「励ます」という言葉はパラカレオという。「その人のそばにいる」という意味がもともとの意味である。「慰める」とも訳される。つまり励ましとはその人のそばいて、その人に寄り添い、その心の状態に注意を払う、ということがとても重要なのである。その時に本当にその人に必要な言葉、必要な手助けが分かるのである。
 
2. 励ましを受け入れる者になろう
 
 「あなたの手に善をなす力があるなら、これをなすべき人になすことを差し控えてはいけない」という最初の話に戻り、皆さんに最後に一つお勧めをしておきたい。ある人はここまで聞いて人のために励ます人、寄り添う人にはなれない! と思っている人もいるかもしれない。
 しかしそう思っている皆さんに一つアドバイスをしたい。大切な心の持ち方がある。それは相手の励ましや慰めを受け入れる人になって欲しいということである。私たちがつらい思いをした時、私たちは心を閉ざしてしまう。しかし皆さんのことを思っている人は必ず存在する。神様はそのような人を必ずそばに置いている。そのような人を、そしてそのような人の言葉を受け入れられる人になってほしい。励ましを文化にすることにおいて、励ますことも大事であるが励まされることを受け入れる文化を自分の中に持つこともとても重要なのである。
 先程述べたパラカレオ「励まし」という言葉は、聖書の中に記されている神様の姿としても書かれている。どこかで皆さんも聞いたことがあるかもしれない「聖霊なる神」という言葉は、実は先程のパラカレオの名詞形パラクレーシスという。
 つまり神様は私たちから遠く離れているのではない、いやむしろ私たちのことを全て知り、私たちに寄り添い、愛を持って慰め、励ます方なのだという強烈なメッセージがそこにある。そして大切なことはその寄り添っている方の励ましと慰めを受け入れる者になってほしいという聖書のメッセージがそこにあるということである。
 
 みなさんはこれから試練を経験するかもしれないし、悲しい経験もするかもしれない。しかし皆さんのそばには愛をもって慰める神がいるのだという聖書のメッセージを忘れないでほしい。そして慰めと励ましを与える神の存在を受け入れる心を持ってほしいのである。その時に神様が遣わした「あなたを励ます人」の存在に気付くことができるのである。
 
英語科 S・W
 
「『正解』があるのではなく」
2021-01-12
2021年1月12日 新年特別礼拝説教
 
「『正解』があるのではなく」
 
 さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。
使徒言行録16章6~10節
 
 パウロといえばイエス・キリストの福音を広めた伝道者として知られています。パレスチナの片隅で産声をあげた福音が、小アジアへ広がり、そして海を越えてギリシャ世界まで届けられたのは、パウロの功績によるところです。
 そのパウロの宣教の旅路は使徒言行録に記憶されます。読んでわかるのは、その旅は紆余曲折、思いどおりに進まなかったということです。使徒言行録16章には「アジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられた」(6節)とか「ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」(7節)とあります。
 パウロにはここで語りたい、あそこに行きたい、という希望がありました。ところが、そのすべてが思いどおりになったわけではないのです。それが「聖霊から禁じられた」とか「イエスの霊がそれを許さなかった」という表現からわかります。では、この表現は何を言っているのでしょうか。何かイエスの亡霊のような影が現れ道を立ちふさいだ、ということではないでしょう。これはパウロが、変更を余儀なくされた旅路にも「聖霊」、「イエス」の導き、すなわち神の導きを見出したということでしょう。
 思い通りに生きることが人生の幸せであれば、わたくしどものうちどれほどが「幸せ」になることができるでしょうか。わたくしは高校三年生のとき、家庭科の教師になりたいと夢を抱いていました。しかし、その夢はかないませんでした。わたくしの小さな人生を振り返っただけでも、自分の計画どおりにならないことがあります。否、ならないことの方が多かったといわなければなりません。
 ただ、わたくしは思いどおりにならないから不幸だとは思いません。変更を強いられる道にも神の導きがあることを信じる信仰が与えられているからです。
 自分の人生を自分の思いのままに生きることを幸せの基準とすれば、順風のときは幸せ、逆風が吹けば不幸せとなるでしょう。けれでも、人生は自分の思いだけで推し量るものではありません。この人生に神の思いがあり、そのご計画があります。それを見出すまなざしを、千葉英和高等学校で獲得してくださいますように。
 
日本基督教団松戸教会 牧師 村上恵理也
 
 

入試での優遇制度について

入試での優遇制度について
 
牧師・教会推薦(高校入試)
 本校のキリスト教主義に基づく教育方針を深く理解し、それに貢献できるキリスト教信者、または求道者(洗礼を受けて
いないが定期的に教会に通っている者)の受験生は、特別の基準がありますので、募集要項の4ページをご覧のうえ、本校の宗務長(チャプレン)に直接連絡してください。
 
 
指定校推薦・キリスト教学校教育同盟校推薦(大学入試)
 年度によって多少変わりますが、昨年度の指定校の一部がスクールガイドに載っています。
 校内で選抜し、学校長が推薦します。キリスト教学校教育同盟校推薦はクリスチャンもしくは求道者であることが条件ですが、中には条件を課さない大学もあります。
 指定校推薦を利用できるのは総進文理コース・特進文理コース・英語科の生徒のみです。
 
<<学校法人 聖書学園 千葉英和高等学校>> 〒276-0028 千葉県八千代市村上709-1 TEL:047-484-5141 FAX:047-487-5466