キリスト教 教育

   
 
 
 
「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」
(コリントの信徒への手紙- 13章13節)
 
 
 
 
キリスト教に基づく人格教育
 千葉英和高等学校の教育の土台は聖書です。一人ひとりにかけがえのない存在としての価値が与えられていることを知り、神に愛されている者として他者との違いを喜んで受け入れ、それを尊重し、真に平和な世界の形成者となることを目指しています。
 
 教育理念(建学の精神・校訓等)についてはこちら 
 
礼拝
 毎週月曜日に学校礼拝の時間があります。
 チャペルにて讃美歌を歌い、聖書の朗読や説教に耳を傾け(傾聴)、自らを省みて(内省)新たな一週間をスタートする時です。
 礼拝は講師の方をお招きしての特別礼拝や、宗教系クラブ(聖歌合唱部・ハンドベル部・オルガン奏楽部・聖書研究部コイノニア)を中心に行われる賛美礼拝、キリスト降誕劇を中心としたクリスマス礼拝「英和のクリスマス」などもあります。
 
聖書の学び
 聖書は、世界のベストセラーで今なお多くの人に読まれ、影響を与え続けています。
 1年次と2年次に週2時間、聖書の授業があります。本校ならではの教科です。
 1年次には、「人間(自分)とは何ものなのか」を一緒に考えます。2年次には、「生きる」ということを探求しつつ、自分の進むべき道で何を最も大切にしなければならないかを求めながら聖書の思想に迫ります。
 一方的な講義形式ではなく、自ら考え、対話をし、研究発表を通して互いに学び合うときです。
 

今週の説教

今週の説教
フォーム
 
『人がゴミのようだ』とは言わせない
2020-08-31
2020年8月31日 学校礼拝説教
 
「『人がゴミのようだ』とは言わせない」
 
不幸な者は誰か、嘆かわしい者は誰か/いさかいの絶えぬ者は誰か、愚痴を言う者は誰か/理由なく傷だらけになっているのは誰か/濁った目をしているのは誰か。
箴言23章29節
 
人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。
マタイによる福音書16章26節
 
 この箴言の言葉で戒められているのは、人の自分のことしか考えない姿であり、自分の家族や周囲の人々を顧みない姿でもあります。自分のことばかりを優先し、自分が良ければいいというのでは、いずれ身を滅ぼすし、結局自分を傷つけることにさえなってしまうのです。
 それは自分の人生やほかの誰かの人生にかかわることです。たとえ大きな財産を得ても、全世界を手に入れても、自分自身を傷つけ人を傷つけるのであれば、それは幸せだと言えるでしょうか。自分という存在、そして自分以外の存在をも軽んじることになってしまうのです。
 マタイによる福音書の方には「命」という言葉が出てきます。この命は単に命というだけでなく、人生でありアイデンティティ、人の存在そのものでもあります。人の人生や存在を軽んじるということは、人の命を軽んじるということでもあります。
 自分の命も人の命も同じ一つの命です。その命を私たちは大切にしなければなりません。自分の命もほかの人の命も大事にしなければなりません。
 誰かによって自分の命が軽んじられ傷つけられてしまうことが起こるかもしれません。そのことで希望が持てなくなってしまうことがあるかもしれません。
 けれども忘れないでほしいのは、命が軽んじられることが悪いことであり、軽んじられたあなたが悪いわけではないのです。
 私たちの命は誰かによって使われる命ではなく、自分のために、ほかの誰かのために生きる命です。
 誰かのために生きることは、強く生きる、強くなれる理由にもなります。誰かのために強くなれるなら、自分だけのために生きていくのではなく、ほかの誰かのためにも生きていっても良いとは思いませんか?
 自分の命も人の命も大事にして生きていってほしいと願います。
 
聖書科 S・A
 
 
「惜しみなく向き合う」箴言3_27−28
2020-08-24
2020年08月24日 学校礼拝説教
 
「惜しみなく向き合う」
 
施すべき相手に善行を拒むな/あなたの手にその力があるなら。
出直してくれ、明日あげよう、と友に言うな/あなたが今持っているなら。
箴言3章27−28節
 
 ムーミンの小説の中に、ニンニというキャラクターが登場するお話があります。ニンニは一緒に暮らしていたおばさんから毎日いじめられた結果、心を閉ざし、孤独な透明人間になってしまった女の子です。私たちの世界では、どんなに孤独であっても実際に体が透けてしまうということはないかもしれません。しかしもしかしたら、助けを必要としている人ほど透明人間のように人目につきづらく、気づかれにくい存在になってしまっているかもしれません。
 今日の聖書の言葉は、私たちに具体的な方法で人を愛することを求めています。今、相手にできることを惜しみなくすること。明日に持ち越さずに、今ある力を誰かに使うということ。それこそが、神が私たちに求めている人を愛する生き方である…では、その施すべき相手とは、私たちの力を必要としている友とは、誰のことなのでしょうか。私たちはそのような相手に、果たして本当に気づけているのでしょうか。
 病気、差別、貧困、いじめ、テロ、災害、暮らしの変化…この世界には、様々な理由で生きづらさを抱えている人がいます。しかし、ときに私たちは自分や家族、仲間さえ幸せならそれでいい、他の人は知らない、と驚くほど冷たく他者を切り捨ててしまうことがあるのではないでしょうか。「どうせ自分一人では、世界の問題は何も解決できない」と都合よく諦め、一人ひとりの見えない痛みや苦しみを想像する力を私たちが失っているとき、助けを必要としているその人は、透明人間にされてしまっているのかもしれません。
 人との関わりが制限され、以前よりも少し孤独に慣れてしまっているような気さえする今だからこそ、目の前の相手と一人の人として向き合うことの大切さを思い出したいと思います。相手の苦しみに対して知ったかぶりをせず、自分の限界を決めつけずに、目を凝らし、耳を澄まして真っ直ぐに相手を知ろうとするところから、人を愛することを始めたいと願います。
 
聖書科 J・A
 
 

入試での優遇制度について

入試での優遇制度について
 
牧師・教会推薦(高校入試)
 本校のキリスト教主義に基づく教育方針を深く理解し、それに貢献できるキリスト教信者、または求道者(洗礼を受けて
いないが定期的に教会に通っている者)の受験生は、特別の基準がありますので、募集要項の4ページをご覧のうえ、本校の宗務長(チャプレン)に直接連絡してください。
 
 
指定校推薦・キリスト教学校教育同盟校推薦(大学入試)
 年度によって多少変わりますが、昨年度の指定校の一部がスクールガイドに載っています。
 校内で選抜し、学校長が推薦します。キリスト教学校教育同盟校推薦はクリスチャンもしくは求道者であることが条件ですが、中には条件を課さない大学もあります。
 指定校推薦を利用できるのは総進文理コース・特進文理コース・英語科の生徒のみです。
 
<<学校法人 聖書学園 千葉英和高等学校>> 〒276-0028 千葉県八千代市村上709-1 TEL:047-484-5141 FAX:047-487-5466