キリスト教 教育

   
 
 
 
「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」
(コリントの信徒への手紙- 13章13節)
 
 
 
 
キリスト教に基づく人格教育
 千葉英和高等学校の教育の土台は聖書です。一人ひとりにかけがえのない存在としての価値が与えられていることを知り、神に愛されている者として他者との違いを喜んで受け入れ、それを尊重し、真に平和な世界の形成者となることを目指しています。
 
 教育理念(建学の精神・校訓等)についてはこちら 
 
礼拝
 毎週月曜日に学校礼拝の時間があります。
 チャペルにて讃美歌を歌い、聖書の朗読や説教に耳を傾け(傾聴)、自らを省みて(内省)新たな一週間をスタートする時です。
 礼拝は講師の方をお招きしての特別礼拝や、宗教系クラブ(聖歌合唱部・ハンドベル部・オルガン奏楽部・聖書研究部コイノニア)を中心に行われる賛美礼拝、キリスト降誕劇を中心としたクリスマス礼拝「英和のクリスマス」などもあります。
 
聖書の学び
 聖書は、世界のベストセラーで今なお多くの人に読まれ、影響を与え続けています。
 1年次と2年次に週2時間、聖書の授業があります。本校ならではの教科です。
 1年次には、「人間(自分)とは何ものなのか」を一緒に考えます。2年次には、「生きる」ということを探求しつつ、自分の進むべき道で何を最も大切にしなければならないかを求めながら聖書の思想に迫ります。
 一方的な講義形式ではなく、自ら考え、対話をし、研究発表を通して互いに学び合うときです。
 

今週の説教

今週の説教
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創立記念礼拝 説教「創立75周年を迎えて」
2021-04-19

 この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。善を行い、善い行いに富み、物惜しみをせず、喜んで分け与えるように。真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くようにと。

テモテへの手紙一 6章17〜19節

 

 皆さん、おはようございます。本日こうして皆さんと共に「創立75周年記念礼拝」を行うことが出来、感謝したいと思います。

 今日は、創立当初のことに皆で想いを寄せながら、今日まで続く本校の教育の一端を生徒の皆さんに知っていただけたらと思っております。本校は、戦後千葉県で最初の男女共学校として、また高等学校として、それ以外にも放送教育や特進コース設置、英語課設置、海外研修旅行、海外修学旅行、更にはインターネット導入など数々の記録をもっている学校です。

 さて学校が創立された終戦直後という時期は、一言で表すならば混乱の時でありました。千葉の都市部なども一面の焼け野原となり、木造建築が主であったために殆どの建物が消失し、一部燃え残りが残骸として残っているといった状態であったようです。また戦後経済は大混乱をきたしており、食料や生活必需品を中心として物資不足は深刻な問題となっておりました。

 まさにこのような時に、牧師であり音楽の教師でもあった中田羽後先生(「おお牧場はみどり」や、先程皆さんが歌った賛美歌の作詞家でもあります)が、灰燼に帰した町並みを見て、復興のためには「キリスト教教育」が必要であると確信して、当時、栃木県にて別に神学校を建てようと準備していた親戚のNHKの初代ラジオアナウンサーであり牧師でもあった大羽儔先生(ラジオネーム大羽仙外)と共に学校を創立するための準備を始めました。またGHQの計らいにより、現在の千葉市稲毛区にある旧大日本帝国陸軍の下志津陸軍飛行学校跡地(現在の陸上自衛隊下志津駐屯地)を神学校の学校用地として用いて良いとされたことから、その地でキリスト教の神学校が建てられたのです。

 この牧師を養成する神学校としての聖書学院は、後に短期大学部、高等部、中等部から成る聖書農学園、改名して聖書学園として、中高大での教育を始めることとなります。また1972年11月には、現在の八千代市に移転し、新たに校名を千葉英和高等学校として今日に至ります。

 今日は本学園の学校給食制度(数年前までは全員給食制度でしたが、アレルギーのある方などへの配慮から現在は選択制になっています)にまつわるエピソードを紹介させていただきたいと思います。そもそも創立当初、本学園では生徒がお弁当を持参して昼食を各自でとっていました。農家の子どもたちは、裕福であればアルマイトのお弁当箱に白米と梅干しの日の丸弁当を、そうでなくてもお芋をふかしたものを新聞紙にくるんで持参していました。しかし都市部の食べ物の入手ができない子どもたちには、そのお芋すらありません。当然、食べ物を学校に持ってくることは出来なかったのです。この格差からお弁当制度が問題となっていきました。

 お昼休みにお弁当を持ってきてたべることができなかった人たちは、どうしていたと思いますか。当時のことを知る卒業生の方に聞いたところによると、そうしたお弁当がない生徒たちは、昼休みになるとぱーっと教室の外に飛び出していったのだそうです。理由は食べ物の匂いが充満する教室にいると空腹感が募り辛かったからだそうです。そして教室を出ていった後、お水を腹いっぱい飲んで、当時敷地内に飛行機の滑走路がありましたから、そこでゴロンと大の字に寝転がって、ずっと空を見ていたそうです。その子たちの気持ちを考えると胸が痛みます。

 こうした様子が見られた創立期の学校において、当時ミセスと呼ばれていた中田羽後の妻であった英語教師の中田あさ先生(初代高等部長・GHQの通訳)たち女性教員が中心となって、この状況を改善しようとしたのです。飛行場跡地ですから土地がいっぱいあるイメージですけど、実際には滑走路は固くしまっていて食べ物を育てるのには向いてなかったそうです。ですからその周辺の雑草だらけの土地を開墾し芋やアルファルファなどを育てて皆で分け合って食べたのだそうです。これが本学園の給食制度の始まりです。

 このエピソードを踏まえ、本日の聖句を改めて見てみます。ここでは豊かなものがそうではないものに惜しみなく分け与えるようにしようとする様子が書かれていますが、本校では更に以下のように考えを深めていったのです。生徒の皆さんは、家庭から学校に送り出されるため、その家庭の経済状況が一人ひとり異なる形で反映されています。豊かな家庭もあれば、そうではない家庭もあるのです。しかし創立期の教員たちはこの学び舎に集う生徒皆が、自らの未来のために学んでいる学校の時間だけでも、その家庭の格差から開放され、純粋に自分や仲間と切磋琢磨して欲しいという願いを持つようになりました。

 皆で食べ物を育てて、それを調理し、分け合って皆で食べる。この行為の中に教員たちの思いが込められていました。時は流れて現在、この給食制度について深く考える機会は余り多くはありません。しかしながら、この創立期の思いは是非皆さんに知って欲しいと思います。そしてこの給食の考え方は、皆さんが毛嫌いする服装・頭髪規定においても息づいています。

 いつも繰り返してお話ししていることですが、学校は生徒の皆さん一人ひとりが自らの未来に向けて仲間とともに切磋琢磨する場所であります。その学びの場において、私たちの学校では家庭の格差を極力感じさせたくないのです。学校の制服を同じように着用し、教科書や副教材を用いて学びを行う。確かに面白みがないかもしれません。また個性を最優先で育むにはもっといい方法があることも私たちは知っています。しかしながら、私たちは生徒の皆さんの心を守り、誇りを守り、尊厳を守ることを最優先にしています。学び舎の中では、皆が同じように未来の可能性に向けて、のびのびと学んでほしいからです。

 今の話を聞いて、自分でアルバイトをしてお金を使う分にはいいんじゃないのかと疑問に思った人もいるかもしれません。確かにそういう考え方もありますよね。でもアルバイトで得たお金を全額家庭での生活費に入れている人も生徒の中にいることを皆さんは知っていますか。家族のためにアルバイトをしている人は、自分のためにお金を使えないのです。こうしたことも踏まえて、私たちの服装・頭髪規定はあります。もっといい方法があるのなら是非知りたいと思いますし、こうしたことを議論していくことはとても重要であると思います。色々な考え方や立場があってこの世界はあります。「多様性と共生」を訴える本校では、そのこともとても大事な視点であると思います。

 今日は、創立期のエピソードから、多くのことを知りまた皆で考えました。これからもそれぞれが、自分の中で深めて欲しいと思います。

 

校長 大 羽  聡

 
新入生歓迎礼拝説教「 礼拝ー傾聴と内省 」
2021-04-12

「わたしはあなたがたを分別ある者と考えて話します。わたしの言うことを自分で判断しなさい。」

コリントの信徒への手紙一 10章15節

 

 皆さん入学・進級おめでとうございます。本校チャプレンの石黒です。

 本校は今年創立75周年を迎えます。その間、どんなことがあってもずっと礼拝が行われてきました。これはすごいことだと思います。それほど本校は礼拝を大切にしているということです。

 今日は2021年度の最初の礼拝ですので、礼拝の大切さを今一度、一緒に考えてみたいと思います。本校が毎月曜日に礼拝を行うのは、新しい一週間を、何気なく始めるのではなく、意識的にとても大切な一週間になるようにと行われています。

 本校は、礼拝を「傾聴」と「内省」の時としています。

 そのことを考える前に、私は、人間として何が最も大切なことなのかと言うことを考えてみました。それは私がここに存在しているということ。つまり私が今ここに生きているということ。しかもどのように存在し、生きているのか。あるいは生きようとするのか。そういう人間の最も大切なことを考えること。そのことがとても大切なことだと思います。

 ところが大切なこととは知りながら、その方法がわからないので放っておく人。またそんなことを考えるのは面倒だ、いつか考える時がくるだろうからそのとき考えればいいさ、と言って結局考えることをしないで「死」を迎える人。それは様々です。でもそのことを一早く考えることができれば、それからの人生がとても意味のある人生になると思いませんか。「礼拝」はそのための時間でもあります。

 その問いに自分ですぐに答えが出せる人は素晴らしいと思いますが、それは生きていく限り、常に追い求めていくものなのですね。そのことを考えるには、先ず「聴くこと」から始めなければなりません。どうしてかと言いますと、私たち人間は相対的な存在だからです。物事を考えるとき私たちは、何かと比較しないで正しさを判断することは難しいからです。

 例えば、皆さんは何を基準にして考えたり、行動したりしますか。幼いときは「親」の言うことを聞く子がいい子だったでしょう。学校に上がると今度は「先生」でしょうか。でもいつまでも誰かが自分の行動の基準を決めてくれるわけではないですよね。そうすると、自分の行動の基準は何に求めればいいのでしょうか。

 ところで千葉英和高校は、何に「基準」を置いているかといえば、聖書に「基準」を置いています。聖書が「基準」です。

 昔、ものの長さを計るのに、池や沼に生い茂る「あし」や「よし」を使っていました。節が長さの単位だったのですね。そのような植物をヘブライ語で「カーネー」と言います。そのギリシャ語が「カノーン」、そして英語で「キャノン」となります。聖書も、キリスト教の「キャノン」です。つまり「正典」「基準」なんです。

 例えば、ここに私の聖書があります。大きいですか、小さいですか。皆さんのよりは大きいですね。だけど皆さんの讃美歌は、皆さんの聖書よりは小さいですね。すると基準は皆さんの聖書で、皆さんの聖書より大きい、小さいと言うことが出来るのですね。だけど皆さんの聖書は大きさの絶対的な基準ではないですよね。

 どういうことを言いたいかというと、この学校は聖書を「基準」としている。そして礼拝では聖書が開かれそこからお話しが行われます。聖書は、あくまでも「基準」です。絶対的なものではありません。

 今日皆さんで開いた聖書の言葉ですが、聖書自体が「自分で判断しなさい」と言います。「自分で判断しなさい」は、英語でjudgeですが、聖書の原文では、κρίνω というギリシャ語が使われています。英語では criticize という言葉で、「批判する」とか「判断する」という意味でしょう。それはつまり、語られたお話しに耳を傾けて聞く、つまり傾聴する。そのお話を聞いて、「そうだなあ」「私もそう思う」という聞き方もあれば、時には、「自分の考え方とは違う」「私はそうだとは思わない」という聞き方があります。どちらとも、とてもいい聞き方だと思います。

 聖書の言葉や、語られたお話を良く吟味して、自らに当てはめて自分の思いや、行動が、これでよかったのか、自分は、この一週間どのように生きていこうとするのか、しっかりと考える。これが「内省」の意味です。つまり「内省」のときの「基準」に聖書の言葉、先生が語られる説教の言葉がなるのです。そういう意味で礼拝は「傾聴」と「内省」の時なのです。

 このことは礼拝の時間だけではなく、授業の時や学校の活動など様々な場面で言えることです。何事も「自分で判断」し「自分で批判」出来る人になって欲しいと思います。

宗務長 石黒義信

 
入学式 式辞
2021-04-08

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」

マタイによる福音書 7章7〜8節

 

 先程入学を許可した375名の入学生の皆さん、入学おめでとうございます。また現在ライブ配信もしくはビデオ配信で視聴されている新入生の保護者の皆様、この度はご子息・ご令嬢の本校へのご入学誠におめでとうございます。このような情勢下での入学式の挙行のため、1時間程の中に本校ならではの要素を詰め込んだ入学式となりましたが、今日のために教職員一度、そして昨日一日早く今年度の学びを 始めて2年生・3年生の先輩たちが、皆さんの入学を楽しみにしながら一生懸命準備を行ってきました。今日ここに皆さんをこうしてお迎えできることを校長として大変嬉しく思います。そして皆さん、千葉英和高等学校へようこそいらっしゃいました。これから3年間皆さんとご一緒できることを思うと、このわくわくする気持ちをなかなか抑えることができません。

 また学園キャンパスも皆さんを歓迎するためにまだ桜が残ってくれています。校門を出て左に行きますと、第一グラウンドの沿道に咲いていますので、後で是非ご覧になってください。

 さて新入生の皆さんは、今日から3年間の千葉英和高等学校での学びが始まります。本校は、この学校を創立する時の基本的な考え方として建学の精神と呼ばれる教育理念を定めています。この建学の精神とは、「聖書に依るキリスト教の精神に基づき、神を愛し人を愛し土を愛す豊かな人格を陶冶することにより、自らの存在価値を見出し、真に平和な世界の形成者として愛と奉仕に生きる有為な人物を育成する。」というものです。

 私たちはこのように聖書の考え方に基づくキリスト教主義の教育を行うべく、生徒の皆さんの日々の学校生活の中において、その考え方が様々な場面において込められています。そして今皆さんがいるこのチャペルと呼ばれる礼拝堂の後ろには大きく本校の校訓、先程の建学の精神の中にも入っている言葉である三愛精神「神を愛し人を愛し土を愛す」が掲げられています。この三愛精神を中心に本校の教育の考えは成り立っていますが、「神を愛し」を自己の確立として、これは自分と向き合い、自分というものを見つめてほしいということ。また「人を愛し」を奉仕の精神として、自分のできることをどのように役立てていくかということ。最後に「土を愛し」を自然との共生として、自分がこの世界にいることを感謝し共に生きていくこと。まずはこのように置き換えて自分の中でその言葉の持つ意味を考えていってほしいと思います。そのことを通じて、皆さん自身が自分を見つめ、そして自分を磨き、自分の使命を見つけ、この世界を真に平和な世界、言い換えれば、お互いに認め合い支え合う世界において、愛と奉仕の精神をもって貢献する人物となって欲しいというのがこの学校の願いです。

 今、世界は大きな混乱の中に囚われています。またコンピュータやネットワークに関する技術の飛躍的な進展と共に時代の大きな変わり目にあります。これまで私たち人類が培ってきた考え方そのものが根底から変わろうとしているのだと思います。この先行き不透明な世界は、見通しが立たないが故に、皆さんは不安な気持ちになるかもしれません。

 しかしみなさん、私はここで皆さんに言っておきたいことがあります。決して恐れることはありません。太古の時代から、人の本質は変わっていません。自分がいて、他の人がいて、この世界がある。その中にあって、自分を起点として周囲に対して良い関わりをもっていく。究極はこれだけのことなんです。人類の歴史を紐解くまでもなく、時代が代わり、社会の在り様や文明がかわっても、その時代その時代に私たち人類は対応して今日ここにいるのです。ですから今も昔も、大事なのは自分なのです。そしてこれは先程お話をした本校の考え方と深い繋がりがあります。

 そしてそのための学びとして、本校では「多様性と共生」という観点から、様々な教育の活動を皆さんに行ってもらいます。しかしながらあくまでも大切なのは、こうした学校行事やプログラムではなく、皆さん自身が自分との対話を深めていこうとする姿勢にあります。その意味で、私は本日皆さんと読む聖書の箇所を選びました。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」は、大変有名であるので知っている人も、なんか聞いたことあるぞという人も多いかと思います。

 今日これまで話してきたように、私たちは皆さんの入学を心待ちにしてきました。また皆さんとの教育活動の準備も着々と進めています。でも私たちが提供できるのは僅かな知識と皆さんの学びの場だけです。皆さん自身が一方的に教わるのではなく自ら学んでいくことが大事です。じっとしているだけでは、何も現状は変化しないのです。人には過去があります。しかしそれは変えることができません。でも今とこれからの未来は皆さんの意志で変えることができるのです。どうか地に足をつけて、顔をあげて前を向き、皆さんの目の前にあることに挑戦していきましょう。

 また時には様々な課題や試練が皆さんの前には立ちはだかるかもしれません。恐れずに沢山失敗しましょう。ゲーム風に表現するならば、ある意味で学校とは失敗を通して経験値を増やす場所だと思います。そしてそこから一つひとつ学んで行きましょう。そのお手伝いのために私たち教職員一同は皆さんの側にいます。みなさんは決して一人ではないです。

 このことに関連してこんな聖書の言葉があります。「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道を備えてくださいます。」(1コリ 10:13)というものですが、どんなに困難に見えても先に進む道はあるのだと思います。それが思っていた道とは違うことや、多くの人の力を必要とすることはあったとしても。様々な経験を通して、皆さんが自らの人生を生きていくためのヒントや気づきを見つられるように期待しつつ私は祈っています。

 今日は最初ということで色々とお話させていただきましたが、最後に「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」(1コリ 13:13)という聖書の言葉を紹介させてください。自分への理解を深めながら、愛についてしっかりと考えてもらうこと。これがある意味で本校での3年間の全てかもしれません。もちろん様々な勉強などはたーっぷりと準備していますので安心してください。この3年間の学びを通して、三愛精神を身につけ、自律した人、言い換えれば、愛の人となってください。皆さんの3年間のチャレンジを見守りたいと思います。何事にも大いに励んでください。以上を式辞としたします。

校長 大羽 聡

 

入試での優遇制度について

入試での優遇制度について
 
牧師・教会推薦(高校入試)
 本校のキリスト教主義に基づく教育方針を深く理解し、それに貢献できるキリスト教信者、または求道者(洗礼を受けて
いないが定期的に教会に通っている者)の受験生は、特別の基準がありますので、募集要項の4ページをご覧のうえ、本校の宗務長(チャプレン)に直接連絡してください。
 
 
指定校推薦・キリスト教学校教育同盟校推薦(大学入試)
 年度によって多少変わりますが、昨年度の指定校の一部がスクールガイドに載っています。
 校内で選抜し、学校長が推薦します。キリスト教学校教育同盟校推薦はクリスチャンもしくは求道者であることが条件ですが、中には条件を課さない大学もあります。
 指定校推薦を利用できるのは総進文理コース・特進文理コース・英語科の生徒のみです。
 
<<学校法人 聖書学園 千葉英和高等学校>> 〒276-0028 千葉県八千代市村上709-1 TEL:047-484-5141 FAX:047-487-5466