キリスト教 教育

   
 
 
 
「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」
(コリントの信徒への手紙- 13章13節)
 
 
 
 
キリスト教に基づく人格教育
 千葉英和高等学校の教育の土台は聖書です。一人ひとりにかけがえのない存在としての価値が与えられていることを知り、神に愛されている者として他者との違いを喜んで受け入れ、それを尊重し、真に平和な世界の形成者となることを目指しています。
 
 教育理念(建学の精神・校訓等)についてはこちら 
 
礼拝
 毎週月曜日に学校礼拝の時間があります。
 チャペルにて讃美歌を歌い、聖書の朗読や説教に耳を傾け(傾聴)、自らを省みて(内省)新たな一週間をスタートする時です。
 礼拝は講師の方をお招きしての特別礼拝や、宗教系クラブ(聖歌合唱部・ハンドベル部・オルガン奏楽部・聖書研究部コイノニア)を中心に行われる賛美礼拝、キリスト降誕劇を中心としたクリスマス礼拝「英和のクリスマス」などもあります。
 
聖書の学び
 聖書は、世界のベストセラーで今なお多くの人に読まれ、影響を与え続けています。
 1年次と2年次に週2時間、聖書の授業があります。本校ならではの教科です。
 1年次には、「人間(自分)とは何ものなのか」を一緒に考えます。2年次には、「生きる」ということを探求しつつ、自分の進むべき道で何を最も大切にしなければならないかを求めながら聖書の思想に迫ります。
 一方的な講義形式ではなく、自ら考え、対話をし、研究発表を通して互いに学び合うときです。
 

今週の説教

今週の説教
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学校礼拝説教「希望を生むこと」
2021-10-18

苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生み出す。

ローマの信徒への手紙5章3-5a節

 

 本日の聖書箇所で「忍耐」と訳されている言葉は、元の言葉に忠実に訳すならば「その場にとどまる」となります。そして「練達」と訳されている言葉は「本物としての性質、品格」を意味します。ですから、本日の聖書箇所は「苦難は、その場に止まることを、その場に止まることは、本物のとしての性質、品格を、本物としての性質、品格は、希望を生み出す」という意味であると考える事が出来ます。

 ではパウロは、「苦難の中にとどまり続けて忍耐すれば、立派な品格を身につけることが出来て、その品格が希望を生み出す」、つまり「希望を持つには若い頃の苦労は買ってでもして、立派な人格を身につける必要があるよ」といった一般論を語っているのでしょうか。私は、パウロはそんなことを言っているのでないと思います。なぜならパウロが見出した「本当の自分の性質、品格」とは、世間的な価値観でいう立派であるとか、「偉い」という事とは異なっているからです。パウロという人は元々、すごく努力して立派な人になろうとした人です。当時神様の掟として定められていた律法を熱心に守り、清く正しく美しく生きる、そして立派な品格を身につけようと努力を重ねていた人でした。彼は「立派な品格」が希望を生み出すと信じていたのです。ところがそのような考え方だったパウロが見出した自分、それは「立派であろうとすればする程そうではない自分、人に優しくありたいと思っていてもそうあれない自分、自分と他人を比較して、自分はこんなに頑張っているのにあいつらは何も努力していない!許せない」という、自分も他人も許すことが出来ない自分だったのです。

 そんなパウロがあるとき、イエス・キリストに出会い、彼の声を聞いたのです。それはどのような声だったのでしょうか。それは「パウロ、お前はお前でいいのだ。あなたは、あなたであるから素晴らしいのだ。」という声。「すなわち、あなたは人と比べなくていいのだ。あなたはあなたの人生を生きればいいのだ」という声でした。ですから、本日の聖書の箇所は「苦難は、その場に止まることを、その場に止まることは、本物のとしての性質、品格、すなわち、あなたは神様にすでに愛されてしまっているということ、そして、そのことが希望を生み出す」と解釈することが出来ると思います。英和高校で学ぶ皆さん。あなた達の人生は神様に祝福されているものです。「俺なんか真剣にやっても、たかが知れている」なんてことは決してない。皆さんの人生は真剣に生きるに値するものです。皆さんの人生が、光り輝く物であることを共に信じて歩みましょう。

聖書科 T・N

 
学校礼拝説教「ボク 悪い〇〇じゃないよ!」
2021-10-11

サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとしたが、皆は彼を弟子だとは信じないで恐れた。しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。それで、サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるようになった。

使徒言行録9章26-28節

 

 この聖書箇所では、教会の敵対者であったサウロが教会の仲間となる場面が記されています。教会の人々はサウロのことを警戒しながらも、バルナバによってサウロの回心を知り、仲間として受け入れるのです。

 はじめは「敵の一人」として警戒していたが、バルナバによって「サウロ」という一人の人として改心した姿が示され、仲間となったのです。

 「仲間」「友達」という言葉は高校生活の中で多く語られる言葉です。その「仲間」ということにおいて、仲間であることを強調し、証明するためにルールを課そうとする人たちもいます。確かに何かしらのルールを定め、ルールに従うのなら「仲間」とする方が「仲間」であるということはわかりやすく、楽です。また、グループの秩序を守るため、意図的に仲間はずれを生み出すことで仲間意識を強めるという側面もあります。「仲間」であるためのルールを定めるとき、そのルールを最も有効に活用するためには、ルールを破る者が必要になってくるのです。しかし、それが本当に「仲間」「友達」であると言えるでしょうか。

 一方で教会がサウロを受け入れたときのように、仲間であるためのルールを定める事なく、目の前にいる人を、一人の人として見て受け入れるということは楽なことではありません。しかし、私たちがこの世界を共に生きていくためには、目の前にいる人を一人の人として観るということが大事なのだと思います。その人の持つ背景を考え、理解し、その人が生きている事実を認めることです。私たちは誰かと関わるときに、相手のことをちゃんと知ろうとすることが大事なのではないでしょうか。

 相手を知るということを諦めないで欲しいと願います。人生において心から信頼でき、安心できる「仲間」「友達」は必要な存在です。目の前にいる一人を人として大切にする。一人の人として知ろうとすることは、大切な「仲間」「友達」を見つける手段になると思います。

聖書科 S・A

 

入試での優遇制度について

入試での優遇制度について
 
牧師・教会推薦(高校入試)
 本校のキリスト教主義に基づく教育方針を深く理解し、それに貢献できるキリスト教信者、または求道者(洗礼を受けて
いないが定期的に教会に通っている者)の受験生は、特別の基準がありますので、募集要項の4ページをご覧のうえ、本校の宗務長(チャプレン)に直接連絡してください。
 
 
指定校推薦・キリスト教学校教育同盟校推薦(大学入試)
 年度によって多少変わりますが、昨年度の指定校の一部がスクールガイドに載っています。
 校内で選抜し、学校長が推薦します。キリスト教学校教育同盟校推薦はクリスチャンもしくは求道者であることが条件ですが、中には条件を課さない大学もあります。
 指定校推薦を利用できるのは総進文理コース・特進文理コース・英語科の生徒のみです。
 
<<学校法人 聖書学園 千葉英和高等学校>> 〒276-0028 千葉県八千代市村上709-1 TEL:047-484-5141 FAX:047-487-5466